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k.k.について

 サリエリの称号に使われている k.k. について,私が先日この場で疑問を書きましたところ,詳しい方から早速ご教示を頂きましたので,ご報告いたします.
 オーストリアは1867年に二重帝国になってからは "kaiserlich und königlich" と称し,"k. u. k." という略号になる.それ以前が "kaiserlich-königlich" で "k. k."という略称になる.だから1825年に亡くなったサリエリの称号が k.k.であって不思議はない,ということでありました.
 この二つの名称の違いはとても重要なのだが,しばしば誤って理解されているようです.恥ずかしながら私の犯した間違いのように!オーストリア史の大家も,ハンガリー史の大家もすぐそばにいる(三日にあげず顔を見ている)のに,ちょっと確かめるのを怠ってしまいました.考証というのは本当に奥が深くて油断ができません.
 ご親切に煩を厭わずご教示くださった方,本当にありがとう御座いました.助かりました.心を入れ替えて勉強に励みたいと思います.かように頼りない水先案内でありますが,講読の方を精一杯頑張りたいと思います.面白い話や疑問の箇所があれば,またみなさんと分かち合いたいと思いますので,よろしくお付き合いください.

サリエリの生涯と作品 ゼミブログ

 私には良く分からないのですが,私がこれまで知っていたのとはまったく異なるグループの,若い人々の間でサリエリやモーツアルトが熱烈に愛好されているのだそうです.ゲームに端を発したのだということなのですが,ゲームのことも私には分からず,またその愛好の仕方が,これまでの伝統的なクラシック音楽ファンからは想像も付かない形のようです.ただ,小林秀雄「モオツアルト」みたいな旧来型の「権威」に対しては,反発どころか,名前さえも知らずに無関係で,関わりを持とうとも思わない様子であるのは良いとして,史料を渉猟し,文献学的に読み込み、伝記的事実や社会史的背景を考証する事に対しては無制限の敬意と愛着を持つようで大変嬉しい世代交代だと(戸惑いながらも)受け止めております.
 微力ながらこういう若い方々の知的要求に添えるのであれば,こんな嬉しいことはありません.お恥ずかしいゼミですが,推進者の1人がゼミのまとめブログ「サリエリ読むゼミ」を始める労を執ってくれました.その新しいサリエリファンのために少しでも益するところがあるのなら,共有したいという趣旨です.

「サリエリ読むゼミ」
https://blogs.yahoo.co.jp/salieri_seminar

どうぞ覗いて見て下さい.色々間違っていること,足りないことがあると思いますので,是非ご意見をお寄せいただき,皆さんで分かち合っていきたい思います.

 いやしかし驚いた.まさか若い方から,サリエリやモーツアルトに関する勉強を求められるとは思いませんでした.何が起こるか分かりません.いくつになってもワクワクさせてもらえることです.

追悼 上村清雄先生

 昨年10月17日に西洋美術史の上村清雄先生が亡くなってから,もう一年が経ちました.追悼のつもりで,簡単な用意をしました.お時間のある方は,お立ち寄りください.ドーナツを召し上がり,上村先生を偲んでください.

     IMG_0703.JPG

 今でも授業紹介の動画を見ることができます.

https://www.youtube.com/watch?v=97xmH6QWHH8

https://www.youtube.com/watch?v=i0h2ZwKKwHg

https://www.youtube.com/watch?v=sRfuS5F_fWs

追記

本日は,「カヴァレリア・ルスティカーナ」を,それぞれ違う演奏の通しで3回流しました.

こうの史代「リーゼと原子の森」

 久しぶりに分厚いマンガ雑誌を購入しました.『コミックゼノン』12月号です.
 マンガだけでなく,昔から雑誌が苦手で,興味のある連載は単行本になるのを待ってからまとめて読むことが多かったのですが,たまにこういう風に待ちきれずに買うことがあります.お目当ては,読み切りでこうの史代が発表した「リーゼと原子の森」です.Lise Meitner (1878-1968) の没後50年を記念して発表されたものだそうです.

 まだまだ女性が高等教育を受けることも難しかった100年前に,リーゼ・マイトナーは言い知れぬ苦労をして1906年オーストリアで女性として史上2人目の博士号(物理学)を取り,1926年にベルリン大学においてドイツで女性として初めての物理学の助教授に任命されました.けれども1933年にナチスが政権を取ると,リーゼ・マイトナーはユダヤ人であったため,教授職を解かれるなど迫害を受け,1938年スウェーデンに亡命します.核分裂を実質的に解明したのは彼女なのだそうですが,かつての共同研究者がノーベル賞を受賞しても,複雑な事情から彼女はノーベル賞を受けることがありませんでした.ただしその他の名誉顕彰は限りなく,例えば原子番号109元素は彼女の名にちなんでマイトネリウムと命名されています.晩年はイギリスに渡り,ケンブリッジ大学の物理学教授であった甥のオットー・フリッシュの傍で晩年を過ごします.お墓も同地にあるそうですが,有名な墓碑銘はこの甥が起草したものだそうです:

 Lise Meitner: a physicist who never lost her humanity.

 『夕凪の街 桜の国』や『この世界の片隅で』の作者こうの史代が,このような女性物理学者を取り上げるというのだから,気になって仕方がありません.
 読んでみると,例によって穏やかで優しい筆致と語り口でなんだか物足りないような気がします.なまじドイツ言語文化やその歴史に係わる仕事をしていると,1930年代の重苦しいベルリンの雰囲気,絶望と恐怖に顔をこわばらせて逃げ惑う最高の知性や教養や良心,野蛮に砕かれていく文化と正義―――そういったものがリアルに描かれていないと物足りないように思えてしまうのです.
 さらりとそういう経過を流したこの作品では,スウェーデンに亡命して,失意と苦労の中でも科学研究への愛と信頼を失わなかったリーゼの姿を,おとぎ話に出てくる北欧の森の住人トロルたちとの交流を通じ,予想だにしなかった描き方をするのです.スウェーデンで亡命生活を送っていたときリーゼ・マイトナーは既に60代でありました.確かに彼女はこの作品に描かれたように,知性や精神の若々しさを何時までも失わなかった人であったようです.
 こうの史代の作品は,自然に何度でも読み返すことになります.女性として苦労し,ユダヤ人として苦労し.核兵器につながる発見をしてしまう研究者としての運命を負わされ,現代の科学研究が抱え込んだ諸問題のるつぼに立たされ,振り回され,奮闘したリーゼ・マイトナーにとって,そして彼女の生涯から学ぼうとする私たちにとって,一番大事なことは彼女がこの作品の中でトロルと交わした会話の中にあるのだと,やがて読み返しながら私たちは気付くのです.

 しかしやはり,長篇でも読んでみたいと思います.読者の単なるわがままです.ついでなら,たとえば Clara Immerwahr(1870–1915)のことなども.