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栗木京子の歌

 いささか旧聞に属しますが,昨年栗木京子が毎日芸術賞を受賞しました.余りにも美しいあの作品世界を前にして言うべき言葉もありません.怜悧な批判,異形の告発も好むところですが,栗木京子の作品のように抗いがたい美しさの中で無力化されてしまうのも好きです.
 女性の生きにくさにも,政治の酷薄さにも,栗木京子の歌は伸びていきます.

  雨降りの仔犬のやうな人が好き、なのに男はなぜ勝ちたがる『夏のうしろ』
  女子トイレの多さは少女(をとめ)のあきらめし夢の数なり大劇場の午後『ランプの精』
  国家といふ壁の中へとめり込みし釘の痛みぞ拉致被害者還る『ランプの精』
  オバマ氏と日本に来たる「黒いカバン」新大統領のパレードにも見ゆ『ランプの精』

 そして戦後史をも包んでいきます.

  キャロライン・ケネディを乗せ馬車は行くただ紅葉の美(は)しき日本を『ランプの精』
  濯がれし繃帯あまたゆふかぜになびきてゐしや敗戦の夏『ランプの精』
  竜胆の咲く朝の道この道を歩みつづける復員兵あり『夏のうしろ』

 わが敬愛する若い学生の中には,これはいけない,と言う人もいます.特にケネディ大使を乗せた馬車をただ美しく描いたその歌について.そう言い切る学生の様子もまた美しい―――私にはもうそこまで峻厳な考え方が出来ません.いや,もともと甘い人間です.
 ただ私は,敗戦の夏をこんなに痛々しくも清らかに捉えることは出来なかった自分のことをしみじみ反省するまでです.