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ラテン語授業のお礼のイラスト!

 アメリカからの留学生が,授業のお礼にと言ってイラストをくれました.学生に似顔絵を描いてもらうのが好きなのですが,これはまた大作をプレゼントしてくれたのです.
 アメリカでは西洋古典学を専攻していたそうで,なんと私のラテン語講読の授業に出席し,『ヒスパニア戦記』を順番に担当しては,ラテン語を日本語に訳して説明する発表をこなしました!

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 わたし,こんなでしょうか.

 われわれ長期留学が当たり前で来た専門分野の人間は,特にヨーロッパに留学中に現地でさらに別の外国語をよく学びます.ラテン語・ギリシャ語などは教材も教育方法も長い伝統の中で確立しているので,ヨーロッパで授業を受けると感動します.ドイツ語やフランス語の文法から理解しやすいので,それもあって勉強がはかどります.私の優秀な先輩などは,ラテン語を現代ドイツ語に訳する際に,現代ドイツ語の「未来完了」が理解できないドイツ人に説明してやり,答案づくりのドイツ語作文を手伝ったほどです.日本ではなかなか学ぶチャンスがない言語が気楽に学べるのもうれしい.ゲルマン諸語の授業に片っ端から出ては教授たちに不思議がられ,ホビーですかと聞かれたりしました.ホビーですが.
 しかし,逆は難しいのです.日本語や中国語を通じ,全然系統の違うヨーロッパ諸語,それも古典語を学ぶのは.
 この留学生はそれをやってのけたのです.

 すごいのは,あなたですよ.


栗木京子の歌

 いささか旧聞に属しますが,昨年栗木京子が毎日芸術賞を受賞しました.余りにも美しいあの作品世界を前にして言うべき言葉もありません.怜悧な批判,異形の告発も好むところですが,栗木京子の作品のように抗いがたい美しさの中で無力化されてしまうのも好きです.
 女性の生きにくさにも,政治の酷薄さにも,栗木京子の歌は伸びていきます.

  雨降りの仔犬のやうな人が好き、なのに男はなぜ勝ちたがる『夏のうしろ』
  女子トイレの多さは少女(をとめ)のあきらめし夢の数なり大劇場の午後『ランプの精』
  国家といふ壁の中へとめり込みし釘の痛みぞ拉致被害者還る『ランプの精』
  オバマ氏と日本に来たる「黒いカバン」新大統領のパレードにも見ゆ『ランプの精』

 そして戦後史をも包んでいきます.

  キャロライン・ケネディを乗せ馬車は行くただ紅葉の美(は)しき日本を『ランプの精』
  濯がれし繃帯あまたゆふかぜになびきてゐしや敗戦の夏『ランプの精』
  竜胆の咲く朝の道この道を歩みつづける復員兵あり『夏のうしろ』

 わが敬愛する若い学生の中には,これはいけない,と言う人もいます.特にケネディ大使を乗せた馬車をただ美しく描いたその歌について.そう言い切る学生の様子もまた美しい―――私にはもうそこまで峻厳な考え方が出来ません.いや,もともと甘い人間です.
 ただ私は,敗戦の夏をこんなに痛々しくも清らかに捉えることは出来なかった自分のことをしみじみ反省するまでです.

水島治郎『反転する福祉国家 オランダモデルの光と影』

 本大学院を代表する研究者の1人,水島治郎教授の著書『反転する福祉国家 オランダモデルの光と影』が岩波現代文庫に入りました.現代の古典となるに相応しい業績だと思います.私などにもご恵贈賜りました,まことにありがとう御座います.

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「なつぞら」と「冬の日」

 4月1日から始まる,次のNHKの「朝ドラ」(2019年度前期連続テレビ小説)「なつぞら」は,戦後日本のアニメ映画を牽引した奥山玲子(1930-2007)をモデルにしたお話なのだそうですね.遅まきながら先日ようやく知りました.
 宮崎駿の先輩にあたる,奥山玲子・小田部羊一夫妻の作った初期のアニメ映画には,子供の頃よく母親に連れて行ってもらいました.母親は昭和一桁の生まれですが,1960年代に流行っていた怪獣映画の破壊と暴力が空襲の生々しい記憶を呼び覚ますために嫌いで,アニメ映画が好きだったのです.「白蛇伝」もはっきり覚えがあるのですが,さすがにまだ赤ん坊だったはずで,再上映のものを観たらしい.「西遊記」では火焔山のシーンで画面いっぱいに燃えさかる炎を恐がって泣き叫んだそうですが(子供の私がです),よほど印象に残ったらしく,その直後幼稚園で,橙色の毛糸と粘土を使って燃えさかる山の作品を作ったそうです.

 ・白蛇伝(1958)
 ・少年猿飛佐助(1959)
 ・西遊記(1960)
 ・安寿と厨子王丸(1961)
 ・アラビアンナイト シンドバッドの冒険(1962)
 ・わんぱく王子の大蛇退治(1963)
 ・わんわん忠臣蔵(1963)
 ・狼少年ケン(1963年)
 ・太陽の王子 ホルスの大冒険(1968年)
 ・空飛ぶゆうれい船(1969年)

 奥山玲子・小田部羊一夫妻は晩年,芸術性の高い凝った作品に参加していったように見えます.「注文の多い料理店」(1993)は文化庁優秀映画作品賞をはじめとする多くの賞を,「連句アニメーション 冬の日」(2003)は第7回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞しました.
 しかし「冬の日」は驚くべき作品だと思います.芭蕉の連句「狂句こがらし」を,35人のアニメーターが集まり,一句ずつ密度の高い音楽と映像を付けているのです.わかりやすい映像は一つもありません.けれどもどの作品も曰わく言いがたい強い魅力を放っています.
 そもそも私などには,芭蕉の連句そのものが分かりません.よせば良いのにこれをまた安東次男の評釈で読むものですから,ますます近寄りがたくなります.該博な知識と精密な解釈を元に,頭から人を見下し,万事喧嘩腰である安東次男の文章は私には読みやすいものではありません.
 奥山玲子・小田部羊一夫妻は「冬の日」で第11句「影法のあかつきさむく火を燒て」を担当しています.傷つき苦しむ大地母神が渋い色調で描かれているように見えます.何故連句アニメがここにたどり着くのか,私にはまだよく分かりません.
 「なつぞら」が「冬の日」につながるという話をしたいのではありません.「なつぞら」を仰いで現代日本アニメ史を切り拓いていってくれた奥山玲子のおかげで,私たちはこれほど豊かな文化を享受しているのだとしみじみ感じているのです.