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サリエリ "Die Neger"のアリアにおける転調

サリエリ最後のオペラ "Die Neger" (1804初演)第2幕の,ヒロインFannyのアリア:
 
Ach, ich wollte schon verzagen,      私はもうあきらめて
glaubte alle Rettung fern.       救いはないと思っていたけど
Doch die Gottheit rettet gern,       でも,神は救って下さる
wenn Verlassene einsam klagen.   見捨てられた者が独り嘆いていれば
Ja, die Gottheit rettet gern,        ええ,神は救って下さる
wenn Verlassene einsam klagen.   見捨てられた者が独り嘆いていれば

Trocknen will ich meine Zähren      涙を拭いて
und zum Himmel blicken auf !    天を見上げるの!
Dort wird aller Dinge Lauf        すべてのことが
mir zum Besten sich bewähren.   私にとって一番良いようになる
Dort wird aller Dinge Lauf        すべてのことが
mir zum Besten sich bewähren.    私にとって一番良いようになる
Falkland lebt ? Er lebt ?        フォークランドは生きているの? 彼は生きているの?

Ach, ich wollte schon verzagen,      私はもうあきらめて・・・(以下最初に同じ)
glaubte alle Rettung fern.
glaubte alle Rettung fern.
Doch die Gottheit rettet gern,
wenn Verlassene einsam klagen.
wenn Verlassene einsam klagen.
Ja, die Gottheit rettet gern,
wenn Verlassene einsam klagen.
einsam klagen.
einsam klagen.

は,ハ長調で作られていますが,歌詞の第1節の終わりでト長調に転調した後,第2節を変ホ長調に転調します.第3節は第1節の繰り返しで,またハ長調に戻ります.
 オーストリア国立図書館蔵のサリエリの手稿,第107葉表面から第113葉裏面までがそのアリアですが,転調部分は第108葉裏面です。

第107葉表面
arie_fanny_ページ_01.jpg

Arie der Fanny im zweiten Akt der Oper Der Neger_ページ_01.jpg

第108葉裏面
arie_fanny_ページ_04.jpg

Arie der Fanny im zweiten Akt der Oper Der Neger_ページ_06.jpg

こういう転調は19世紀初めの頃はまだ珍しいものであったようで,モーゼルがサリエリの評伝の中で:
Die Ausweichung in eine entfernte Tonart bei dem zweiten Vers der Stelle:
Trocknen will ich meine Zähren,
Und zum Himmel blicken auf!
zeigt praktisch, wo Ausweichungen an ihrem Platze sind.
「ここ箇所の第2の詩句で離れた調に転調することが:
  涙を拭いて
  天を見上げるの!
 何処に彼女の位置の変化があるか,実際に示している.」
と,特に取り上げて評しています.
 シンセサイズすると(不出来なもので申し訳ありませんが)こんな感じです:


 近親調(属調・下属調・平行調・同主調)からすると,ト長調ー変ホ長調という長三度下(短六度上)の調への転調は,二段階先になります.19世紀も後半になれば,ちょっとした小曲の中間部にだってこのくらいの転調は現れるでしょう.サリエリーモーゼルの段階では,ヒロイン・ファニーの嘆きの祈りが,信望愛の平和の境地に至る,その転移を表すための斬新で的確な手法だったようです.若干の不安定さや非現実性も含めて,ということであるのでしょう.
 いたずらに感覚が「すれて」しまって,新鮮な気持ちで古い音楽を聴けなくなるのも,良くないことかもしれません.モーゼルの講読でふと出会った,小さな発見でありました.

 カリブ海の植民地における白人領主の内紛を題材にした,この喜歌劇 "Der Neger" も,恐ろしいタイトルが酷い内容を暗示しますが,意外にそれほどひどいレイシズムの内容でもないようです。台本を書いたトライチュケに進歩的な思想があったようです.
 序曲以外手に入りやすい音源もないようなので,差し出がましいながら勉強会の成果を紹介する次第です.