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frangoという動詞

 サンスクリット語における動詞の現在組織の10類のうち,第7類に分類される動詞は「挿入類 infigierende Klasse」と呼ばれ,語根の語末子音の前に,系統を同じくする鼻音を挿入して弱語幹を形成します.rudh- → rundh「妨げる」,yuj → yuñj-「繋ぐ」,bhid- →bhind-「裂く」.サンスクリット語ではこのように文法化されていますが,このような造語法は古く遡るらしく,ラテン語にも何語が残骸があります.frango → fregi「砕く」,fundo → fudi「注ぐ」,relinquo → reliqui「残す」,rumpo → rupi「破る」,vinco → vici「勝つ」.
 この奇妙な造語法が昔から気になっていました.特に g→ngの「挿入」は論外で,これは別の音韻になる変化です.どうやらこれは,鼻音を「挿入」する変化なのではなく,語末子音を「声門閉鎖」によって,韓国語に言う「濃音」にする変化,その名残ではなかったかと思います.「無声音・声門閉鎖音・帯気音」の対立が,印欧語の最古層における破裂子音の区別であろうというマルティネの推論に合致するものです.とはいえ,こんなことはとっくに歴史言語学の世界の常識で,不勉強な私だけが知らなかったことかもしれないと恐れます.
 こんなことを考えていたのは,fragileという形容詞にこだわっていたからです.語源を確認するために,スマホのアプリ版のGeorgesの羅独辞典を調べると,驚いたことにfrangoが出ていない.探し回ったら,単なる誤植で,fragoという見出し語になっていました.スマホのアプリ版のGeorgesは,1869年の初版が元になっているので,そちらも確認しましたが(この手の本は現在ネット上でいくらでも閲覧可能なので!),ちゃんとfrangoになっていました.これはスマホのアプリ版の単純なミスです.「挿入類」であるがこそのミスだと思うと,なんだか可笑しくなりました.