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「マ・メール・ロワ」追記

ラベルの『マ・メール・ロワ』について,追加でお話ししておきます.

I 眠れる森の美女のパヴァーヌ
II 親指小僧
III パゴダ人形の醜いお姫様
IV 美女と野獣の対話
V 妖精の園

の5曲からなります.フィナーレの「妖精の園」がどの話をイメージしているのか,実はよく分からないようです.後の4つの曲で想定されているお話は明白で,第2・第3・第4の楽譜の冒頭には,お話からの引用が添えてあります.拙訳で申し訳ないが,ご紹介しておきます:

II Petit Poucet

Il croyait trouver aisément son chemin par le moyen de son pain qu'il avait semé partout où il avait passé; il fut bien surpris lorsqu'il n'en put retrouver une seule miette: les oiseaux étaient venus qui avaient tout mangé. (Ch. Perrault)

II 親指小僧
親指小僧は,通ったところにずっと撒いてきたパンくずをたどれば、帰り道が直ぐに見つかると思っていました。けれどもパンくずが一つも見つからないので、とても驚きました。鳥たちがやってきて、すっかり食べてしまったのです。(シャルル・ペロー)

III Laideronnette, Impèratrice des Pagodes

Elle se déshabillait et se mit dans le bain. Aussitôt pagodes et pagodines se mirent à chanter et á jouer des instruments: tels avaient des théorbes faits d'une coquille d'amande; car il fallait bien proportionner les instruments à leur taille. (M-me d'Aulnoy: Serpentin Vert)

パゴダ人形の醜いお姫様

彼女は服を脱ぐと,湯船に入りました.直ぐに男のパゴダ人形も女のパゴダ人形も歌ったり楽器を奏でたりし始めました。アーモンドの殻でできたリュートを持っている者もおりました。彼らの身長に楽器を合わせなければならなかったからです。(ドルノワ夫人『緑の竜』)

IV Les entretiens de la Belle et de la Bête

―«Quand je pense à votre bon coeur, vous ne me paraissez pas si laid.»
―«Oh ! dame oui ! j'ai le coeur bon, mais je suis un monstre.»
―«Il y a bien des hommes qui sont plus monstres que vous.»
―«Si j'avais de l'esprit je vous ferais un grand compliment pour vous remercier, mais je ne suis qu'une bête. .......... La Belle, voulez-vous être ma femme ?»
―«Non, la Bête !..»
....................
―«Je meurs content puisque j'ai le plaisir de vous revoir encore une fois.»
―«Non, ma chère Bête, vous ne mourrez pas: vous vivrez pour devenir mon époux ! ..»
La Bête avait disparu et elle ne vit plus à ses pieds qu'un prince plus beau que l'Amour qui la remerciait d'avoir fini son enchantement. (M-me Leprince de Beaumont)

美女と野獣の対話
«貴方の善良な心のことを思えば,貴方は私にとってそんなに醜いとは思えません.»
«おお,お嬢さん,仰るとおり,私の心は善良ですが,私は化け物です.»
«貴方よりはるかに化け物であるような男はたくさんおりますよ.»
«私が才気に富んでおれば,言葉を尽くしてお礼を申し上げたところですのに.けれども私はただの獣にすぎません.... 美しい方,私の伴侶になって下さいませんか.»
«だめです,獣さん.»
..........
«貴女にもう一度お会いする望みが叶ったので,私は満足して死ねます.»
«だめです,獣さん,死んではいけません.私の伴侶となるために,生きていて下さい....»
獣は姿を消し,彼女の目に見えたのは愛の神より美しい王子だったのですが,王子は彼女のおかげで魔法を解かれたのでした.

第3曲の「パゴダ人形」については,「マイセン陶器工房」 Staatliche Porzellan-Manifaktur Meissen GMBHのHPを見て下さい.陶器製の首振り人形のことだそうです.

https://www.international.meissen.com/900380-67823-1.html

第3曲の元になった『緑の竜』という話はあまり知られていませんが,やはり魔法によって醜い姿に変えられた王女と,緑の竜に変えられた王子が,愛によって魔法を解かれ,結ばれる話です.「美女と野獣」と基本的に同じ方向の話なのです.
ラベルがおとぎ話の中からこの4つを選んで子供向きの連弾曲にした意図がとても気になります.

何も知らないまま呪われて生まれてきた子は(第1曲),醜い姿を嫌われて森に捨てられ(第2曲),怪しく滑稽な人形たちの魔法を引き出して助かったり(第3曲),幽閉した美女の心を言葉巧みに引き寄せて助かったり(第4曲)して孤独な人生の窮地を切り抜け,救いの園に到達したようです(第5曲).愛の力で呪いを脱してきたとはいえ,第3曲はレイシズム批判の観点から,第4曲はフェミニズム的視点からして大いに問題があります.ちょうどディズニー映画が直面している問題の原点がここにあるような気さえします.
この組曲の全体を通じて流れている,抜きがたい寂しさと悲しみの音は,人の世の幸せの儚さと罪深さに打ちひしがれているように思えます.生まれついての「呪い」、生きてあることそのものにまとわりつく「呪い」から人が解放されることはないと―――死によって初めて静かな楽園に到達できるとでも言うかのようです.ハ長調の壮麗な音で終わるおとぎ話の「妖精の楽園」を必要としているのは,子供たちなのではなく,無力な大人たちの方なのだと言われているように,私には聞こえます.

「罪」や「魔法」が何であるか,その数え歌のような第3曲と第4曲を合唱版編曲から外さざる得ませんでした.合唱版編曲は本来私の「研究ノート」で,合唱という制限の中に,誤魔化しのきかない形で楽曲の本質(楽曲と自分の関係)が出ます.
子供好きであったというムッシュー・ラベルは子供たちと向き合うことで生の苦しみの意味をかみしめ,立ち向かっていったような気がします.そんなことを,「マ・メール・ロワ」を聞き返し,読み返すたびに思います.