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少女たちの金管楽器

 Youtubeの動画で,特に中高生の器楽演奏を視聴するのが好きなのは,少女たちが金管楽器を吹きこなす姿に感激してしまうからです.この感覚は私より上の年代でなければぴんとこないものかもしれません.
 私が十代だった,今から50年前では,女性が演奏しても良い楽器が限られていて,金管楽器とコントラバスを担当する女性というのは極めて少なかったのです.サックスでも,高音の方に限られていたような覚えがあります.肺活量や筋肉の差であると自然に受け止められていたように覚えています.プロの指揮者に女性が全くおらず,世界の有名なオーケストラが団員を男性に限っており,ハープが必要な曲を演奏するときだけ,女性のハープ奏者を客演で迎えるなどという時代でした.悪気はないつもりでも,同じ土壌から生まれていた感覚に相違ありますまい.
 そんな昔の時代でも,女子校からも楽団が徐々に育ってきて,そこでは当然,金管楽器もコントラバスも女性が担当していました.共学校でも少しずつ女性が金管を担当するようになってきました.品のない話になって恐縮ですが,特にチューバの場合,足を大きく開いて一抱えもある大きな楽器を抱え込んで演奏するその姿勢が,制服のスカートに馴染みそうにもありませんでした.余計な心配をしていたら,女子校の楽団のチューバの人は,一人だけスラックスを着用しておられたのを覚えています.そう,ようやく問題が解決されつつある制服のジェンダー差もここに関係していたらしいのです.しかし余計な心配で,今日の楽団では制服のスカートのままでも特に問題なくチューバを演奏しているようはありますが.
 今まで女性のいなかった楽器に女性が進出してきて,驚きはしましたが,拒否感は全くありませんでした.どうやら差別や妨害,大きな抵抗もなく,金管楽器を自然に女性が担当して当たり前の状態が進んでいったことに感慨があるのです.
 これだけ女性差別の激しい日本社会ですが,学校の内部はこれでも世界的に男女平等が実現している方なのだそうで,学校を出た後のギャップがむしろ女性に深刻な心理的影響を与えると聞いたことがあります.だからかろうじて,学校内部である部分から,女性への偏見の打破と女性の進出が実現するのでしょう.学内の成績で下駄を履かせて男性の成績を飾ってみせる等という不正はないようですから.早くからあちこちの共学学校で演劇部は女性ばかりになっておりました.合唱部もそうでした.器楽合奏もそうなりつつありました.自ずと学校の中の,文化芸術関係の部活で,静かに女性の進出が促されていったのではないかと思います.
 学校の合唱部や器楽合奏で育った青少年が,日本の音楽文化の裾野を支えます.技術は確かに昔より格段に上がったと思いますが,見るべき進歩というのは,そんなことだけではありません.あれだけ問題の多い学校という制度の中で,あれだけ問題の多い部活動という枠組の中で,ほんの少しだけ,息も絶え絶えの状態で実現していたジェンダー間の平等と自由を貪欲にむさぼって,男女平等の音楽文化を求める裾野が育ち,日本全体に広がっていったのだと思うのです.
 ひどい差別と戦いながら,女性の指揮者や,女性の作曲家が活躍の場を広げていきつつあるのも,学校の合唱部や器楽合奏という枠組の中で,特に高級な音楽をやっているという虚栄心も驕りもなく,ただ無心にやりたいことをやって育ち,自然にジェンダー差別を乗り越えていった裾野の人々が支えたからだと思います.
 軽やかに金管楽器を演奏する少女たちこそ,戦後日本文化の輝かしい成果の一つであると思います.彼女たちがもたらしてくれた社会進歩に,跪いて感謝したいと私は思います.