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「サクレ」の香り

 パリの有名な香水店「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー」に「サクレ」という銘柄の香料入りキャンドルがあり,「教会の聖堂の香り」という説明がついている,と家族から教えてもらいました.家族はたいそうその香りが気に入り,ついにはどうしても私たちにも嗅がせてみたいと,ビュリーの東京・新宿店まで連れて行ってくれました.

 なるほど,古い教会のお御堂の香りです.まず乳香のあの独特な香りがします.その後,古い木造建築の湿ったような匂いがするのです.石造りの大聖堂ではなく,田舎の教会の匂いです.成分をみると,乳香の他に,パインとジェニパーを使ってあるらしい.それが絶妙な間合いと配合で香ってくるのです.たまらなく懐かしい思いをかき立てます.
 乳香の代わりに日本伝来のお線香の匂いを調合すれば,「お寺の匂い」というフラグランスができましょうか.

 日影丈吉がどこかで「鉛筆の削りかすを燃やしたような匂い」と評していましたが,あの乳香(フランキンセンス)は,今日でも正教会の奉神礼やカトリックのミサでよく用いられます.御公現の祝日(エピファニー)に,生まれたばかりのイエスを訪ねてきた三王(三賢者)が捧げた贈り物が,黄金・乳香・沒薬だったとされています.古代から貴重品であったわけです.

 沒薬についても思い出すことがあります.ルーブルであったか,古代エジプト文化を説明した上に,「ミイラの匂い付き」の絵本というのがショップにあり,まだ小さかった子供たちに買ってやった覚えがあります.においも薄くなり,欲しいという学生さんに譲ったのではなかったか.なんともいえない暗く湿った匂いがしたのですが,あれが沒薬(ミルラ)の香りでありました.殺菌用に古くから使われていたらしい.死のイメージにつながるようです.

 お花や果物の明るく甘い香りではなく,乳香や沒薬のような渋い香りが昔から珍重されてきたことに,匂い文化の奥深さを感じます.つい通販で乳香と沒薬の小瓶を注文してしまいました.研究室に置いておきますから,いつでも気楽に嗅ぎに来て下さいーーーとは気楽に誘えないのが,コロナ禍の緊急事態宣言下のつらいところです.古い教会やミイラの匂いですよ.楽しみにしていて下さいね.